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地元の慰霊祭に行ってきました。

 雨が降りそうな天気でしたが桜満開の中、約1時間半の慰霊祭が行われました。僕の住む地には、名古屋海軍航空隊の伊保原訓練基地がありました。先の戦争ではまだ空軍がありません、海軍航空隊、陸軍航空隊といったわけです。印象に残ったのは海軍士官白制服を着ていらした女性歌手の方が参列されていまして、式の最後に二曲歌われました。やっぱりプロの唄は純粋に一味違うと思いました、情念というか何というか・・・ただただ聴きほれてしまいました。特攻隊と言えば鹿児島の知覧や国分基地が有名ですが、この豊田市に基地があったとほとんどの方々が知らないと思いましたのでご紹介します。特攻隊については、またゆっくりと書きたいことがありますので。
石碑がありますので簡単にご紹介します。

碑文
此の地は昭和十七年四月一日開隊昭和二十年九月二日解散せる名古屋海軍航空隊の址な 昭和二十年春 当地に於て神風特別攻撃隊草薙隊編成され 四月五日 十二日の両日各二十機の九九式艦上爆撃機は鹿児島県国分基地に進出 菊水一号二号四号作戦に参加 同月六日十二日の三次にわたり沖縄本島西方泊地の米艦船に突入 未帰還二十八機戦死五十六 彼らが眠る沖縄の地が祖国復帰の日を迎うるにあたり有志の協力を得テ豊田市在住の元海軍軍人本碑を建立し草薙隊ノ忠烈を永く後世に伝へんとするもの也

(下手でごめんなさい、僕なりに簡単な説明を)
 戦況が悪化していくさなか、ついに伊保原訓練基地にも特攻隊編成命令が下されました。この部隊は熱田神宮の草薙の剣にちなんで“草薙隊”と命名されました。昭和20年3月末には沖縄防衛戦が始まり、この基地からも神風特別攻撃隊草薙隊が菊水作戦(←沖縄奪還のための壮烈な特攻作戦です)に参加出撃しました。4月6日に高橋中尉の1番機を先頭に20機が九州国分基地を発進し体当たり攻撃を敢行。4月12日にも20機が飛び立ちました。28機(56名)の方々が散華されました。